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 旅の友「空弁」。館長が実際に食べた空弁を中心に、日本全国の空弁を紹介します。
◆その他の空弁(14種類収蔵)
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JUCHHEIM(運賃に含まれる) 2006年1月1日に福岡発羽田行機内で入手
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 全日空国内線の主に幹線で設定される特別席「スーパーシートプレミアム」の日中便で提供される茶菓。提供内容は日により異なるが、2006年元旦の便では写真のとおり、神戸の洋菓子屋「ユーハイム」の東京・丸ビル店「ユーハイム・ディー・マイスター」のバームクーヘンや焼菓子などの詰め合わせが出てきた。ソフトドリンクやアルコールも無料提供。朝夕の便であれば軽食が出てくる。

 日本航空と全日空の国内線で過去約20年に渡り親しまれた特別席「スーパーシート」について、日本航空は2004年6月に料金を1,000円に値下げした「クラスJ」に変更、全日空は同年12月に別体系運賃により料金を値上げした「スーパーシートプレミアム」に変更、両社で初めて差が付いた。

 その勝ち負けははっきりしないが、航空は鉄道と異なりエグゼクティブの利用もあるので、国際線と同じようにクラス間の価格差を大きく取って、運賃水準を気にしない利用者から多くの収益を上げるほうが賢そうに思える。なお、トラブル続きの影響が大きいが、2005年度決算では日本航空が赤字で全日空が黒字という結果が出ている。

【ユーハイム・ディー・マイスター 丸ビル店】東京都千代田区丸の内2−4−1 丸の内ビルディングB1 TEL:03(5220)3301 http://www.juchheim.co.jp/die-meister/
 成田国際空港 2006年11月25日訪問
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 1978年に新東京国際空港として開港。しかし現在に至るまで当時の全体計画が完成はしておらず、その歴史は暴力の連鎖であり、今後も解決の目処は立たないのではないかと思う。それでも首都圏の空港容量の圧倒的不足を背景に、羽田空港に次ぐ利用者数と日本一の航空貨物取扱量、金額ベースで日本一の貿易港、40か国もの乗り入れ待ちなど、世の景気にかかわらず景気の良い話ばかりが聞かれる。出入国ゲートの内外に食事類の販売はあるが、属地不詳のものばかりで、私見でここに空弁は存在しないと考える。

すしセット(320円) 2007年7月22日に成田空港国内線搭乗待合室売店で購入
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 仙台空港へ行くのに、わざわざ成田便を手配して空弁を探し回ったが、買えたのは結局こんなものだけ。おいなりさん2個とサラダ巻4個を透明なプラ製パックに詰めた、空弁ブーム以前の空港売店や、駅の立ちそば屋や、スーパーの総菜コーナーで売られるタイプの純機能性商品。成田空港に空弁があるという記事や噂はあるが、そんなものはどこにあるのだろうか。

【成田国際空港】1978(昭和53)年5月21日開港 千葉県成田市三里塚地区 
http://www.narita-airport.jp/jp/
【正和フード丸正春株式会社成田営業所】千葉県成田市三里塚御料1−240 TEL:記載なし http://www.marusho-foods.co.jp/showaf-marushoharu.html
玄海焼さば棒寿司(1,050円) 2005年4月17日に成田空港搭乗待合室軽食堂で購入
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 成田空港第1旅客ターミナルの搭乗待合室エリアをくまなく探して唯一見付けた空弁らしき商品。 酢飯に焼鯖を載せて、発泡材を板にしてラップで巻いて、布目の白紙を巻いてシールを貼り、竹皮風の紙で包んで輪ゴムで留めて、掛紙を巻いて針金で留めて荷札を付ける、福岡空弁タイプの小柄な棒寿司。焼鯖棒寿司に外れはないが、成田で玄海を売るのは違和感しかない。

 空弁ブームが成田に届いていない理由は、空弁ブームの裏返しと言える機内食と長い搭乗待ち時間の存在や、あるいは検疫や輸出入の問題もあるのだろう。千葉県が強硬に反対し旧運輸省も難色を示す羽田空港の再国際化が実現すれば、成田空港に来る国内線も増えるだろうから、きっと羽田と同じような状況になるのだろう。

【成田国際空港】1978(昭和53)年5月21日開港 千葉県成田市三里塚地区 http://www.narita-airport.jp/jp/
【有限会社ミユキ】福岡県北九州市小倉南区田原新町2-9-12 TEL:093(475)6475
 富山空港 2003年10月11日訪問
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 1963年に神通川の河川敷で開港、1984年に同位置でジェット化し現在に至る。開港当時から羽田便が主力であるが、その利用は停滞気味。他の国内線も振るわないが、一方で国際線や同チャーター便の利用が近年に増加している。空弁はそのブーム以前から、富山名物ますのすしが売店に山と積まれる。

ますのすし(1,300円) 2004年7月31日に富山駅コンコース駅弁売店で購入
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 1912(明治45)年に登場したという、今や駅弁の範ちゅうを超えて富山名物となった超有名駅弁。富山以外でも簡単に入手できるが、北海道・森駅「いかめし」と異なり駅でも大量に販売する。中身は説明するまでもないかもしれないが、丸い木容器の中で富山産コシヒカリ使用の酢めしの上にピンク色のますを敷き詰めて、笹の葉でくるんでフタでしっかり押した押寿司。

 付属のナイフでケーキのように中心から切り刻むのが正しい食べ方。量の多さは駅弁随一で、同行者と分けて食べたい。2段重ねの2,500円のものをひとりで平らげることができれば、テレビの大食い選手権の予選突破も近い。日持ちがする駅弁なのでおみやげや持ち帰りにも最適。普通の駅弁は製造後8時間前後で廃棄となるが、こちらは製造後20〜30時間が一番の食べ頃という。2004年度JR西日本「駅弁の達人」対象駅弁。

 価格は購入当時で1,100円。2006年8月1日から原材料の高騰を理由に1,300円へ値上げ。おそらく他社の同種製品も同価格に値上げされていると思う。

【富山空港】1963(昭和38)年8月20日開港 富山県富山市秋ケ島30 http://www.toyama-airport.co.jp/
【株式会社源】富山県富山市南央町37−6 TEL:076(429)3100 http://www.minamoto.co.jp/
ますの寿し(1,100円) 2003年10月11日に富山空港ターミナルビル内売店で購入
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 駅弁屋でない業者さんが作る、富山名物ますのすし。容器本体の構造の小異とパッケージのデザインを除き、駅弁のますのすしと同一と思って蓋を開け笹を開いたら、写真のとおり真っ白な酢飯が出てきて驚いた。添付のしおりを読むと、家庭で皿に移して食べることを想定し、マスの身を底に敷しているようだ。つまり、駅弁ではなく土産品。味は駅弁版に近い。旅行ガイドブックによると、納得できないものは売らない主義の業者さんだとか。

 富山空港の売店にはますのすしコーナーがあり、棚に何種類もの「ますのすし」「ぶりのすし」が積み上げられていた。羽田・富山間の航空路はJALの時刻表によると176マイルの距離であるが、これは直線距離での計測で実際には三千米級の山々を避けて迂回するため、所要時間は羽田・伊丹間278マイルと同等の60〜65分。

【富山空港】1963(昭和38)年8月20日開港 富山県富山市秋ケ島30 http://www.toyama-airport.co.jp/
【株式会社川上鱒寿し店】富山県富山市丸の内1丁目2−6 TEL:076(432)5129
ますの寿し(1,100円) 2003年10月11日に富山空港ターミナルビル内売店で購入
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 駅弁屋でない業者さんが作る、富山名物ますのすし。容器の構造は上記の天地反転ますのすしと同一、パッケージの構造はやはり他のますのすしと同一。中身も見慣れたもので、味も他と同じように良好。あらゆる面で平均点的で無難な感じで、パッケージやしおりのどこかに何か特徴的な一押しが欲しかったところ。

 富山名物ますのすしはかつて市内を流れる神通川のサクラマスを使っていたが、他の多くの地場産名物と同様、需要の拡大と供給の縮小により、製法や調味に伝統を残しながら、原料は北海道産や海外産のマス類を使っているそうな。近年は食品表示が厳しくなる一方なので、原材料名には「鱒(サケ類)」などと書かなければならない模様。

【富山空港】1963(昭和38)年8月20日開港 富山県富山市秋ケ島30 http://www.toyama-airport.co.jp/
【株式会社 高田屋】富山県富山市丸の内1丁目 TEL:076(432)4774
 小松空港(小松飛行場) 未訪問

 1944年頃に海軍の飛行場として開設。米軍の接収を経て現在は航空自衛隊小松基地。ここに1955年頃から民間の不定期便や定期便が発着するようになった。1973年のジェット化を経て現在は羽田空港と太いパイプで結ばれ、北陸を代表する空港となった。空弁は富山、石川、福井の各県各社が出す棒寿司や押寿司が勢揃いしている模様。駅弁も金沢駅に北陸各地の駅弁が集まっており、そんな状況は似通っている。

特選あなごずし(750円) 2006年1月7日に横浜松坂屋駅弁空弁大会で購入
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 小松空港の空弁としてデパートの催事で販売されていた棒寿司。商品名と中身写真を描いた小さな紙箱に、竹皮を模したさらに小さな紙箱を詰め、その中に柔らか穴子の棒寿司が1本入っている。

 JR敦賀駅の駅弁屋として歴史と定評がある業者の製品なので、品質は十二分。ただ、本当に小松空港で買えるのかは分からない。少なくともパッケージ記載の空弁マークが付く商品を、空港で買えることはないらしい。

 小松飛行場は1944(昭和19)年11月の開港で、昭和30年代には旅客便も飛んでいたが、1961(昭和36)年12月の告示により正式に軍民共用飛行場となった日を開港日と扱っているようで、2001年に開港40周年を祝っている。

【小松飛行場】1961(昭和36)年12月開港 石川県小松市向本折町 http://www.pref.ishikawa.jp/k_air/
【株式会社塩荘】福井県敦賀市道ノ口62−7 TEL:0770(22)4683 http://www.shioso.co.jp/
はも寿し(1,200円) 2006年1月7日に横浜松坂屋駅弁空弁大会で購入
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 小松空港の空弁としてデパートの催事で販売されていた棒寿司。商品名を描いた小さな紙箱に、竹皮を模したさらに小さな紙箱を詰め、その中にコリコリはも寿司が1本入っている。

 JR敦賀駅の駅弁屋として歴史と定評がある業者の製品なので、品質は十二分。ただ、本当に小松空港で買えるのかは分からない。少なくともパッケージ記載の空弁マークが付く商品を、空港で買えることはないらしい。

 福井県には1966年開港の福井空港があるが、金沢と福井の中間という立地の小松飛行場で1973年11月に旅客便ジェット化が実施されると旅客を喰われ、1976年4月には定期航路が消滅。対抗の前提となる滑走路延長に地元住民が反対している間に時代が変わり事業は事実上凍結、自家用小型機やグライダーの発着地として生きていくことになった。

【小松飛行場】1961(昭和36)年12月開港 石川県小松市向本折町 http://www.pref.ishikawa.jp/k_air/
【株式会社塩荘】福井県敦賀市道ノ口62−7 TEL:0770(22)4683 http://www.shioso.co.jp/
 鳥取空港 未訪問

 1942年に民間の飛行場として開設、1957年に鳥取市営の空港になり、1967年に現在地へ移転し鳥取県営の空港となる。1984年にジェット化。過去に伊丹、広島西、中部便が飛んでいた時期もあったが、現在はANAが羽田便のみ一日4往復を飛ばす。年に何度かは国際チャーター便も来る。空弁はターミナルビル2階の売店「ANA FESTA」で鳥取駅弁のかに寿し等や米子駅弁の棒寿司、地元食堂の牛寿しなどが売られる模様。

元祖かに寿し(920円) 2004年12月30日に鳥取駅コンコース駅弁売店で予約購入
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 1952(昭和27)年に登場したカニ寿司駅弁の元祖。保存技術の開発で一年中カニ駅弁を提供するようになったのも鳥取が元祖である。カニを描いたボール紙のケースに、またカニを描いた掛蓋をかける八角形の容器が入り、その中で、因幡米の酢飯を覆い隠すようにカニのほぐし身とカニ足が錦糸卵と共に敷き詰められている。

 地元でも親しまれる人気駅弁だが、駅弁大会などで遠隔地へ輸送された商品は酢が強くてカニの風味を感じられず、しかし現地で購入したらそんなことはなく、まるで別物のようなカニの光沢と風味にうっとりした。2004年度JR西日本「駅弁の達人」対象駅弁。

【鳥取空港】1967(昭和42)年7月31日開港 鳥取県鳥取市湖山町西4丁目110−5
【株式会社 アベ鳥取堂】鳥取県鳥取市富安2−28 TEL:0857(26)1311 http://www.abetori.co.jp/
いかすみ弁当 黒めし(1,000円) 2005年3月5日に日本橋三越の弁当大会で購入
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 2004年8月頃の登場。竹と経木の丸いわっぱを、インパクトあるデザインの真っ黒なボール紙にはめる。ラップを介して容器に入る中身は、イカ墨でほのかに黒く染まった、げそ混じりの水気の多い柔らか御飯の上に、やはり柔らかい小イカが4ハイとイカ団子が2個に山ごぼう数本。見た目にお笑い系なのに風味は本格派で、ロングセラーになる予感。2005年6月12日にTBS系列で放送された「日本列島 駅弁88ヶ所」で日本一の駅弁に選ばれ、以後の駅弁催事ではこれが売り文句となっている。

【鳥取空港】1967(昭和42)年7月31日開港 鳥取県鳥取市湖山町西4丁目110−5
【株式会社 アベ鳥取堂】鳥取県鳥取市富安2−28 TEL:0857(26)1311 http://www.abetori.co.jp/
 米子空港(美保飛行場) 2008年6月20日訪問
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 1943年に鳥取県西端の砂州で海軍の飛行場として開設、現在も航空自衛隊と海上保安庁の基地であるが、昭和30年代から民間定期便が就航し、現在は羽田と中部と韓国の仁川に定期便がある。空弁は鯖寿司やカニ寿司にJR米子駅弁の棒寿司などが売られる。

山陰の味 とび魚 地伝酒入り あご野焼(735円) 2008年6月20日に米子空港ターミナルビル観光売店で購入
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 米子空港の売店で売られていたジャンボちくわ。空弁どころか弁当とも呼べない土産物で、現地でも空弁としての紹介はなかったが、本日今朝の出来立てと称してホカホカの状態で販売されており、買って搭乗待合室や機中で食べる空弁と見なした。

 透明な袋と商品名などを記載した半透明な袋で二重に包まれた、あご(トビウオ)を使ったちくわが1本。縦笛にもできるビッグサイズだから身厚かつ頑丈で、すると硬く大味かと思ったらそうでもなく、少々塩気が強いと思うが身の風味とサクサクした食感は、普通サイズのちくわとたいして変わらない。なお、通常はスライスして食べるものらしい。

 米子空港では1996年の滑走路延長(1500m→2000m)の前から、滑走路を2500mへ延長する計画があった。しかし西側はその滑走路延長で中海に喰い込ませる際に漁業補償交渉が泥沼化した経緯があり、それ以上の延長は漁民が許さない。東側は陸地だがJR境線が直近を通っており、その移設はJRが許さない。騒音悪化や公共事業そのものに対する反対運動もあり、一方で航空需要増加対応や地域振興を求める推進運動もあった。

 そんなゴタゴタを10年近く続けて、2003年にようやく、JR境線と県道を迂回させて滑走路を東側へ延伸する事業が国の手で始まった。2008年6月15日にJR線の迂回が完了し、線内に米子空港という名前の空港アクセス駅が開業している。しかし毎時1〜2本のローカル線のダイヤは航空便との接続や連携を考えておらず、駅と空港の行き来も1年以上は仮設状態となる。延長滑走路の供用も当初予定より遅れて2010年頃となる見込み。

【米子空港】1943年開港 鳥取県境港市小篠津町20
【寿隆蒲鉾株式会社】島根県八束郡東出雲町揖屋3548−2 TEL:0852(52)2003 http://jutaka.co.jp/
吾左衛門寿し 鯖(1,774円) 2004年12月30日に米子駅で予約購入
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 1978年に登場した米子の名物駅弁で、駅弁大会の常連。鳥取米ヤマヒカリの酢飯と境港の鯖を一緒に北海道日高産の昆布で巻き、竹皮でくるんでビニールで密封しボール紙の容器に収納している。食べるときは付属のプラスティック製ナイフで切り分ける。分量も価格も味の良さもひとりぶんではなく、お土産として持ち帰り自宅で食べるのが便利だろう。アメリカ・ロサンゼルスでも発売されているらしい、2004年度JR西日本「駅弁の達人」対象駅弁。

 写真の鯖の他にアジとタイとマスに、冬期限定のカニの5種類がある。米子は島根県ではなく鳥取県の西端で、そのために出雲の地域には県別に米子空港と出雲空港の2空港が開業、税金の無駄遣い極まりない。

【米子空港】1943年開港 鳥取県境港市小篠津町20
【株式会社 米吾】鳥取県米子市弥生町8−27 TEL:0859(33)2221 http://www.komego.co.jp/
 調布飛行場 未訪問

 1941年に陸軍の飛行場として開設、戦後の米軍接収を経て1973年までに返還、1979年から新島、大島、神津島への不定期便が就航するようになり、2001年から東京都管理が管理する「その他飛行場」に位置付け。上記各便の他に防災、医療、消防、航空撮影等の飛行機も発着する。未訪問かつネットや書籍等での資料に乏しく、ターミナルビルの形態が分からないが、空弁の販売はないのではないかと思う。IATAの3レターコードも振られていない。

 神津島空港 未訪問

 現在の空港は1992年に供用開始。調布飛行場との間に一日3往復程度の不定期便が設定されるほか、消防その他のヘリコプターも発着する。未訪問かつネットや書籍等での資料に乏しく、ターミナルビルの形態が分からないが、空弁の販売はないと思われる。IATAの3レターコードも振られていない。

 大島空港 未訪問

 戦前に大島の北東側で陸軍の飛行場として開設、1959年頃から不定期便の発着が始まった。2002年には現在の1800m滑走路が供用され、現在は羽田へジェット機が、調布へプロペラ機が、八丈島などへヘリコプターが飛ぶ。ターミナルビルにレストランや売店はあるが、空弁の販売があるかは分からない。

 新島空港 未訪問

 1970年に新島中部の平地で村営の着陸場として開設、1987年に第三種空港となった。調布飛行場との間に一日4往復程度の不定期便が設定される。未訪問かつネットや書籍等での資料に乏しく、ターミナルビルの形態が分からないが、空弁の販売はないと思われる。IATAの3レターコードも振られていない。

 三宅島空港 未訪問

 1966年に三宅島東部の海岸脇で開港。2000年の雄山噴火に伴う火山ガスの噴出のため、2007年現在で閉鎖が続いているが、羽田便2往復が時刻表に掲載され続ける。閉鎖中のため空弁の販売はない。

 八丈島空港 未訪問

 1927年に陸軍の飛行場として開設、1962年に第三種空港となった。以後3度の滑走路延伸を経て、現在は羽田に一日3往復、大島に1往復のジェット便が飛ぶほか、青ヶ島などへヘリコプターが飛ぶ。ターミナルビル2階に売店、レストラン、コーヒースタンドがあり、そのいずれかで「島ずし」がお土産用の空弁として販売されている模様。

 松本空港 2008年1月1日訪問
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 1965年に長野県が開設した第三種空港で、日本最高所の空港。長らく大阪便のみが断続的に運航された後、長野五輪に向けて約1年間休止して1994年にジェット化。その直後は仙台や関西などの路線が開設されたが、現在は新千歳、伊丹、福岡にJAC便が飛ぶのみで、利用は低迷している。ターミナルビルにレストランや売店はあるが、空弁の販売はない。

おやき(157円) 2008年1月1日に松本空港ターミナルビル内土産売店で購入
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 信州の観光売店で、おやきを売らないところはないと思う。松本空港にも当然に存在した。白い生地の中には山菜ではなくカボチャが詰まり、余所者としてはちょっと不満。

 一日にプロペラ機が2往復するだけの空港だから、2箇所の土産物売店に空弁やおにぎりやサンドイッチのようなテイクアウトメニューがないのは仕方がない。しかし、羽田便のない地方空港は苦戦を免れられないとはいえ、名物のないさびれたローカル駅でもとりあえず全部詰めておく名産紹介ガラスケースの半分は、JASその他の航空機模型。地元にも見放された哀れな空港を象徴する光景に見えた。リムジンバスもついに、訪問半月後の1月15日限りで廃止された。

【松本空港】1965(昭和40)年7月16日開設 長野県松本市大字空港東 
http://www.matsumoto-airport.co.jp/
 福井空港 未訪問

 1966年に開港した福井県内唯一の空港。1973年の小松空港ジェット化により利用や航路を奪われ、1976年以来定期便の発着がない。拡張計画が地元住民の反対で難航しているうちに、21世紀に入り財政難と公共事業の見直し気運が進み、2003年に福井県知事が小松空港と北陸新幹線を重視する政策へ転換、拡張や定期便の再開見込みがなくなった。空弁は当然にない。

 名古屋飛行場(県営名古屋空港) 2006年9月10日訪問
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 1944年に陸軍の飛行場として開設、1952年から民間飛行場として供用開始。中京地方を代表する空港として多くの国際線や国内線が発着していたが、2005年2月17日の中部国際空港の開港でほぼ全路線を移管、同時に広島からジェイエアが拠点を移し、県営空港として小型機が発着する空港に生まれ変わった。ターミナルビル内に売店はあるが、空弁の販売はない。

空翔ぶ天むす(680円) 2008年1月14日に京急百貨店駅弁催事で購入
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 百貨店の催事場で県営名古屋空港の空弁として売られていた商品。催事屋製空弁マークを付けて中身の写真を掲載する小さなボール箱の中に、天むすが4個、手羽先が2本、守口大根が少々。現地に実態のない催事商品だろうから、搭乗待合室や機内での消費に向かないこの内容で、しかもお手ふきを添付しなくても構わないのだろう。

【名古屋飛行場】1944(昭和19)年開港 愛知県西春日井郡豊山町 http://www.nagoya-airport-bldg.co.jp/
【株式会社一代目】愛知県北名古屋市高田寺屋敷438 TEL:0568(24)1201
 南紀白浜空港 未訪問

 1968年に白浜の紀伊水道に突き出た丘の上で県営空港として開港、1996年にジェット化でその隣接地に移転。過去に名古屋、大阪、福岡、広島便が存在した時期もあったが、今は開港当初からの羽田便のみが発着する。ターミナルビル2階にレストランと売店があるが、空弁の販売があるかは不明。

 但馬空港(但馬飛行場) 未訪問

 高速交通機関に恵まれなかった兵庫県北部の交通利便性向上を主目的に、1994年に開港、伊丹便が2往復程度飛んでいる。しかし鉄道で2時間強の距離を空路で約40分かけて移動する人は少ないのか利用は低迷、県の赤字補填や豊岡市などの住民助成金で維持されている。空弁の販売はないと思われる。

 隠岐空港 未訪問

 1965年に隠岐南部の海に面した丘の上で開港、2006年に隣接地に移転しジェット化。伊丹と出雲に定期便が飛ぶ。ターミナルビルの売店で2007年4月から弁当販売がある模様だが、空弁ではなく港で売られる「島弁」を名乗り売られている模様。

 出雲空港 未訪問

 1966年に宍道湖の西岸で島根県管理の空港として開港、1991年にジェット化。近接の米子空港とは、こちらがJAL、あちらがANAで使い分けられている模様だが、羽田、伊丹、札幌、福岡、隠岐と就航路線が多いのは出雲で、国際線があるのは米子。空弁の販売はなぜかなく、JALが公式にそう案内している。

 山口宇部空港 2004年10月3日訪問
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 1966年に瀬戸内海の周防灘に突き出た海岸沿いで山口県営の宇部空港として開港、1980年にジェット化し山口宇部空港に改称。以前から羽田便が主力で、現在は羽田便のみが就航する。空弁は訪問時にJR山口駅の駅弁「薩長同盟弁当」が存在したが、現在の状況は分からない。

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